7.立宗宣言

1253年32歳/建長五年

三十二歳(さんじゅうにさい)になった大聖人様(だいしょうにんさま)は安房(あわ)の国(くに)にもどり、四月(しがつ)二十八日(にじゅうはちにち)の明(あ)け方(がた)清澄山(せいちょうざん)の嵩(かさ)が森(もり)の頂(いただ)きから、法華経(ほけきょう)の「南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)」の教(おし)えこそが一切経(いっさいきょう)の根本(こんぽん)の法(ほう)であると、金色(こんじき)に光(ひか)り輝(かがや)く朝日(あさひ)の昇(のぼ)る東(ひがし)に向(む)かって「南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)」と三遍(さんべん)のお題目(だいもく)を唱(とな)えました。

全世界(ぜんせかい)の人(ひと)たちが正(ただ)しい仏法(ぶっぽう)に帰依(きえ)し、過去世(かこせ)のすべての罪障(ざいしょう)を消滅(しょうめつ)し幸福(こうふく)になって欲(ほ)しいと祈(いの)りました。

そして大聖人様(だいしょうにんさま)はこの時(とき)を境(さかい)に、三災(さんさい)・七難(しちなん)の苦難(くなん)が巻(ま)き起(お)こることを承知(しょうち)のうえで、法華経(ほけきょう)のお題目(だいもく)を流布(るふ)して行(い)くことを誓(ちか)いました。

「立宗宣言(りっしゅうせんげん)」の第一声(だいいっせい)をけいきに、「蓮長(れんちょう)」をあらため「日蓮(にちれん)」とお名乗(なの)りになりました。