1253年32歳/建長五年
三十二歳になった大聖人様は安房の国にもどり、四月二十八日の明け方清澄山の嵩が森の頂きから、法華経の「南無妙法蓮華経」の教えこそが一切経の根本の法であると、金色に光り輝く朝日の昇る東に向かって「南無妙法蓮華経」と三遍のお題目を唱えました。
全世界の人たちが正しい仏法に帰依し、過去世のすべての罪障を消滅し幸福になって欲しいと祈りました。
そして大聖人様はこの時を境に、三災・七難の苦難が巻き起こることを承知のうえで、法華経のお題目を流布して行くことを誓いました。
「立宗宣言」の第一声をけいきに、「蓮長」をあらため「日蓮」とお名乗りになりました。